ミケ・ザカリアスという男の死は、なぜここまで記憶に残るのか。
2021年に原作マンガが完結し、2023年にアニメの最終回も放送された人気作品『進撃の巨人』。重厚なテーマである一方、戦いがベースとなる物語では、人間が巨人に捕食されたり戦死したりなど、目を背けたくなるシーンも容赦なく描かれており、見る人を選ぶ作品ともいえます。血みどろな最期を迎えたキャラは数えきれないほど描かれてきましたが、とりわけ調査兵団の分隊長ミケ・ザカリアスの死に様は、多くの読者に深く刻まれました。物語の前半にして退場しましたが、未だにSNSでは、ミケの壮絶な最期について言及する声もあるほど。単純に描写がグロテスクではありますが、いかにしてインパクトを与えたのでしょうか。
ミケ・ザカリアスとは何者?
ミケ・ザカリアスは、巨人の生態調査を行う調査兵団のベテラン兵士で、他の兵士いわく、人類最強の兵長リヴァイに次ぐ実力者です。リヴァイが「アッカーマン」という特殊な血族であるため、彼を除けばミケがトップということになりますね。並外れた嗅覚で巨人の存在を感知。鋭いのは嗅覚だけでなく、調査兵団団長エルヴィン・スミスのとあるシーンにおける本音に気づいたとき「俺にも建前を使うのか?」と問いかけており、洞察力も高い様子がわかります。女型の巨人捕獲作戦では、リヴァイと共に立体起動装置で攻撃を仕掛ける姿が印象的で、兵団内での信頼も厚い様子が伺えました。
人知れず活躍し、命を落としたミケ
女型の巨人捕獲後の任務で、突如出現した巨人たちの群れから他の兵士を逃がすため、自ら囮となったたミケ。複数の巨人を相手に1人で奮戦する雄姿は、鮮やかなものでした。しかし数体倒して落ち着いたところで、それまで付近を徘徊していた「獣の巨人」の奇襲により負傷。立体起動装置を取り上げられ、最後は無抵抗のまま複数の巨人によって体を食いちぎられ死亡しています。これほどの活躍から非業の死を遂げているのに、それを見た者は誰もいない…このあとの物語の展開も劇的だったので、作中でミケの死について触れられないのも切ないです。ちなみに奪われた立体起動装置は、マーレ編突入後にジーク(獣の巨人の中身)が、ヒィズル国のキヨミに見せるワンシーンで登場するため、脳裏にはミケがちらつきます。
ミケの最期は人間の恐怖を凝縮している
ミケが遭遇した時点における獣の巨人は初めての登場で、得体の知れない存在でした。巨大なオラウータンのような見た目で、知性を持ち言葉を発するという、今まで登場した巨人とは明らかに異質で、視聴者(読者)も不気味に感じたことでしょう。そして、獣の巨人の予想外の行動や、絶体絶命の中で初めて「巨人」に話しかけられるという、前代未聞の事態にさらされたミケ。兵団トップの実力を備えたクールで頼もしいミケが、動揺し、痛がり、会話もできず、頭を抱えて怯えることしかできない姿には、死を目前にした人間の本能が剥き出しになる、悲壮感があります。
そのなかでも自身の信念を思い出し、一度は獣の巨人への攻撃を試みるものの、あっけなく巨人の餌になってしまう…負傷した上に立体起動装置も奪われ、無抵抗の彼が「やだ!やめて!」と泣き叫びながら命を散らすシーンは、トラウマの一言で片づけられない、絶望と無常感が漂います。ミケの表情から捕食される様子まで生々しく描かれており、視覚的なショックも大きいですが、ミケの人物像やあまりに不利な状況など、一連の流れがいっそう残酷さを際立たせていました。
「戦い続ける限りはまだ負けてない」最後まで尊厳を保ったミケ
尊厳を剥ぎ取られるような最期が描かれるキャラの多い「進撃の巨人」のなかでも、トラウマシーンとして思い出されるのがミケの死。ただただ捕食シーンが、登場人物の中でも生々しく描かれているからという理由も多いと思います。それでも「かっこいい」といわれ続けるのは、彼が死の直前に刃を抜き、恐怖の対象に一瞬でも立ち向かおうとしたからともいえるでしょう。自分を取り戻した彼の一瞬の表情は、本当に尊く、覚悟の深さに心揺さぶられます。いわゆる最強キャラのカッコいい死に様のようなパターンではなく、リアルな人間の死に際を描かれていますが、最後まで「兵士」であろうとする姿に痺れた人も多いのではないでしょうか。そんな多くの要素が絡み合い、大きな存在感を残して物語から退場しました。